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2014年8月31日(日) 八月もおしまいです

●昨夜の帰宅が遅く、帰宅後に食べた夕食がお腹に残っている感じで朝起床。でも、休みだからいいや。
●昨夜の会合は、久野脇の共同茶工場の一、二番茶の反省会。年齢層は高いが活発な意見交換がなされて久々に良い会合だったような気がする。自分も技術的側面から色々と発言をさせていただいて。会合で黙っていられないタイプ、というか、必ず一つは意見、発言を行うよう指導されてきた、から。発言するためには話の流れを理解していなくてはいけないし、そんな意味で、若い頃の指導はありがたい事である(とはいえ、所属組織ではなく、関係機関の上司の方からの始動でしたが。やはり原点は清水にあるなぁ、と思い返すたびに思う)。
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□組合員がそろって、会合です。関係機関も参加。
●昨日書いた全品審査結果考察。ある意味露骨な川根茶外し、に怒りにまかせた文章になっているのですが、露骨に外される事の意味合いは、逆に考えればそれだけの評価をされている、と言う事にもなる、と。追われるものの宿命だよ、という指摘とコメントをFBで頂いたりもして。ただ、自分の中では他産地との競争、競合、の部分よりは、「普通煎茶とは?」という点についての審査員の考え方、を言いたいという点で。
●川根本町で品評会製造に携わらせてもらえる事で、「最良の香気とは」という点について経験値を積み重ねさせてもらえている。特に、毎年、製造した荒茶の出来上がり審査をする時に「そのお茶の香気のポジション」を横軸モノサシの中で確認して、「若すぎる」「あー、ちょっと蒸しいっているけど全体バランスではちょうどイイ」「ギリギリ(K本先生の名言)」とか一緒に製造したJA担当と共有化しているのだが。どうしても、蒸しは芽のばらつきから最終的な香気にもばらつきを感じるものであるが、今年1点だけまさにドンピシャ、この香気は計算でつくれるものではなく、本当に針のような1点に着地した香りを体験した。「これこそが清涼感の極地」。芽のそろい、蒸しのタイミング、乾燥製造、全てがピッタリだったのだろう(今年のブログの品評会製造の中にも記載あります)。ただ、それについては、「この香りを理解し評価できる審査員が果たしているのか」という疑義不安は、その場で吐露したのだが。結局、地区審査会の段階でも、その香気を理解しない(できない)審査も見てきて、全国では、あからさまに除外されている結果を受けて、「被覆香や火香の甘い香りはプラスに見るのに、清涼感のある甘涼しい香りは理解できないんだ」という事実を認識しなくてはいけないのか、とも。
●もちろん「青臭み」「殺青不足」は製造技術的にあってはいけない事ですが、その点を乗り越えて到達した「真なる清涼感のある香気(⇒審査言葉では「新鮮香」になるのでしょうが)」を評価する方向性を喪失してもらいたくないなぁ、と感じます。そのための審査員の育成は公的機関の義務ではないのか、と思いますが、組織的にそんな職人技術者はいらない、というお城の中の意向が強い事を思えば消えていくしかないのかな。ただ、一方で、品評会で勝つ負けるではなく、この「真なる香気」を継承し、「山のお茶」と言えるお茶をつくっていってもらいたいと切に思うばかりです。
●そう思うと、凄い経験をさせてもらっています。やはり、自分自身が一番得しているわ。[am9:40]
●久々に目的も行動もない休みを過ごしている。そんな時はダラダラと本を読む。[pm4:35]
●昨日作成した全品審査結果分析考察を一部修正。内容と言うより表現や文々的な点を。来年度対策とはいえ、静岡県大会。そして開催地は静岡市。出品点数から考えても、静岡本山、天竜、そして川根の競い合いになるだろうは当然の推察。その中で「静岡茶とは何か?」という方向性が鍵となってくれるなら勝機はあるのだが。極端な話であるが今の審査なら弧状トンネル被覆でも十分入賞レベルなら勝負が出来てしまう、という事実がある。本当にそれでいいのか、逆に勝つためだけなら、それらを出品茶に散りばめる事による「数の論理」での押切的な勝ち方もあるのだが。
●そんな意味で逆に私が来年度以降、「対川根茶」の立場で勝負するのであれば、やはり「数で勝負」の土壌を整えた上で、その勝負球は「18号篩抜きの尺のある被覆茶・香気は若すぎない適蒸し・徹底した塵粉抜きによる透明感のある濁りない水色・一番茶生育期の液肥管理による滋味の向上」という事になるだろう(「絶対的な清涼感のある香気づくり」は多分不可能だから)。要するに、川根茶が全品でやられた平成21年の埼玉作戦と平成22年の奈良作戦の合体版である。全品は県品と異なり、審査自体が、外観⇒水色⇒香気⇒滋味(県品は香気を水色より先に審査を行う)のため、水色で明らかに違う結果で落とす事が出来れば言う事はないのだが。ただ審査は静岡茶市場なので埼玉大会のように露骨に他産地の水色が赤くなるような事は県内茶ではないのだろうが。
●ただ上記のような手法で実際に技術的積み上げを行う事で「対川根茶」に対抗できる産地がどれだけあるのか。形状的手法についても、今年の結果からみれば川根茶自体が既に18号篩抜きに対応できるようなレベルに届いてしまっている。更に現在川根茶が取り組む従来法と異なるお茶に合わせた形での粗揉機及び中揉機の活用を理解し、それを自分のお茶に応用対応させる事が可能なのか。また、仕上げ調整もその点のみを考えれば徹底が可能であろう。そんな川茶の、おそらく唯一の欠点と言えば、絶対的な出品数の確保、製造量の確保が困難、という点と、トップ者としての甘さと隙がなくはないという点、であろうか。
●敵とした場合、これほど嫌なやっかいな、そして絶対的な相手はないだろうし、まともな勝負では到底「勝てないレベル」のものである。何といっても全国大会で「入賞が当たり前」「入賞では誰も喜んでくれない」の産地であるのだから。
●ただ一技術者として来年四月、どこにいるのか分からないが、その時点から対応可能な技術のブッコミにおいて、コールド負けだけにはならないような勝負茶づくりが出来れば、と思う次第。目標が明確である以上、そこに辿り着くための技術構築は不可能ではない訳で、そんな意味で、今後も更なる進化で川根茶が「絶対王者」であって欲しいと願うばかりである。
●今日の一冊。秋山賢司[著]『囲碁とっておきの話』【1994年,㈱文藝春秋,\420税込】。将棋も囲碁も動かす位はできる程度。でも、このような対局や棋士の話は好き。根が勝負事好きな人間だからなのだろう。勝負師、勝つために情熱を傾ける、たかだか駒遊び、石遊びなのに人生を掛ける。そこに無限の思考があるから、という事なのだろう。勝つと分かっている勝負は既に勝負事ではない。そう思えば負ける事は重要なのだろう。ただ、負け犬になってはいけない。やられたらやり返す、それは心に誓うことだ。
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[ 2014/08/31 ] エッセイ | TB(0) | CM(0)

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