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2019年5月4日(土・祝) 十連休8日目・完休

●十連休に入って、2回目の完全休養。2日の川根での製造の疲れが、今になって出てくる。何で手がこんなに痺れているんだ、と思えば、お茶揉みの際に力が入りすぎているため、である。リアルな程に、単純。お茶を揉む、という事への意識過剰がバランス悪く、という話なんだろうなぁ。しかし、こんなお茶揉み経験が大事だと毎年思っている。
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□力だけでは揉めない。やさしさ、の意識が大事、だといつも思っているんだけど。
●地名農林業センターで行くたびに、見てくる品種園。白葉と赤芽の株があり、どちらも、揉んだら面白いんだろうなぁ、と。とはいえ、どちらも揉むには株が少なすぎて、いつも見るだけ。白葉と特に、綺麗に色抜けしている。どちらも町内の在来からの選抜。
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●先日の川根での製造。何とも納得がいかない感じが抜けきれず、製造したサンプル茶を飲んでみる。コナレ感あり。これは製茶ラインの問題で、以前から指摘されていた事。葉打ち、粗揉でお茶をあげきれず、揉み込みに入ってしかも茶葉が切れる感じがあって。今回も、回転を通常ラインに比べて+2回転等で上げるは上げたけど、やはり、コナレ、細かくなっている感じはあって。呑んでみても、あっ雑味、と感じてしまう苦渋味が前へ出てくる感じ。最初は、芽の問題、と思ったけど、煎を重ねて感じるアミノ酸味、そして熱湯で淹れて茶葉から感じるアミノ酸臭。液肥効果は出ている、と。結局は、製造的な問題からの味わいへの影響、という事を煎を重ねて重ねて理解するのでした。結局、高濃度液肥3回施用、10a500㍑硫安2㎏濃度で十分、というか、逆に舌に残るアミノ酸味を思えば、施用回数も減らせるのでは、と思う所。そうするとどのタイミングで、という事になるのだけど。この技術、数字的な押さえが出来なくて、都市伝説的な、キチガイ宗教的な扱いから抜け出せないけど、自分の中では、あー、一つの落としどころへ来てしまったなぁ、と思っている。やってもらって、効果ありそう、と言ってくれる人達が取り組んでくれればいいかなぁ、と。それが施肥コスト低減とかにつながればいいし、結局、アミノ酸味を好むか、アミノ酸臭(あえて、香と言わない)が前に出て、どうしても籠りがちな香気を良しとするか、そんな話なんだろうな、と思う。
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□冷水から温度をあげながら、味わい、香気の変化を追って。茶殻のヌメリ感がアミノ酸の味わいを反映している。
●あと、製造における粗揉の揉み込み。どこまで粗揉でお茶が揉めるか、川根で品評会茶製造をやっていた頃からのテーマで、お茶を揉むという視点における粗揉の役割拡大に取り組んできたけど、結論は、上乾きさせなければ、揉んじゃっていい。でも、今回のお茶を飲んでも、やはり、最初の茶葉の開きは、ある意味でカッチリと揉み過ぎているという点では、味わいを出すのに時間が掛かる、という事も考えなくてはいけない事。でも、やはり、芯水を切る、という点からも、揉むという事をしっかり考えなくてはいけない。特に近年の揉まない、揉めないお茶の氾濫状況を見れば。お茶を揉む事で、出来たお茶が、味わいをコントロールしているんだ、と今回の飲み口からも理解できる。
●それにしても、荒茶で見ると、汚いお茶、で恥ずかしい。仕上げを丁寧にすれば、雑味も含めて、味わいの解消にはなるんだろうなぁ。そんな意味で、仕上げ調整って大事だなぁ。
●明日は、色々あって、とりあえず、担当管内の状況を確認してから、清水の品評会製造へ行く予定。本当に、色々あって気持ちが休まらない。
[ 2019/05/04 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)